レディオ・エディット

    レディオ・エディット

 「あのね、落ち着いて聞いてね。」
 「うん。」
 「あのね。」
 あの女は「あのね」を数回繰り返した。一呼吸置くのが受話器越しに分かった。
 「あのね、ウチ、好きな人が出来ちゃったかも知れないの」
 「そう。」
 「だからね、お前とはもう付き合えないの。」
 「そう。」
 「でもね、友達ではいたいんだよね。これまでの男たちとは完全に縁を切ってきたけど、お前に関しては優しいから友達でいたいんだよね。」
 「そう。」 
 なんてゆうか、さんざん陵辱された後唾を吐き掛けられたものの、薄汚れたハンカチーフを供されたような気分だ。
 その後もあの女は言い訳を三十一分と四十七秒続けたが、それを聞くのが馬鹿らしくなって僕は見えない電話線を切断した。電源をオフにし、滑らかに加工された臙脂色の二つ折り電話を閉じようとしたら液晶画面の耳が当たる部分がしっとりとしていることに気付く。やれやれと思いながらクリーム色をしたアディダスの袖でそれを拭き取った。

 そもそも、今回の一方的な別離において何が悪かったのかと自己分析した場合、最右翼となるのは僕が「大学生」であるという立場にある事に相違ない。年齢が一つ上だったとは言え、あの女は社会人。たとえ世間体の悪い会社に勤めていたとしても会社員なのである。そして、あの女からしてみれば大学生というのは社会人と比較した場合天と地の差があり、それは到底覆ることが無いのだという。なるほど、収入を得ていない身である僕としては両耳の痛くなるような話であるが、果たしてあの女は社会人として、そして僕より一年間も多く生きた人間としての振る舞いをしていたのだろうか。
 それにしても眠い。懸案事項を身体から強盗されてしまったがために、酷くだるく且つ眠い。このようなときはテレビでもなく、インターネットでもなく、ラジオを聴くのが一番だと僕は信じて止まない。
 『さあ、バレンタインデー直前の今夜、みんなからの愛のたっぷりと詰まったメッセージを募集してるよぉぉぉぉぉぉ。』
 と小森というナビゲーターはマイクに向かい力の限り叫んだ。何だよバレンタインデーって・・・。と思いラジオの電源をオフにしようとライラック色のコンポに手を伸ばしたところ、
 「でも、悩み相談なんかも受け付けているから良かったらメッセージを送ってみてね。」
 というのでライラックの電源をオフにせず、打ち捨てていた携帯電話を起してメーラーを起動した。
 
 件名:辛いです。
 本文:春から社会人になることが決まり、ようやく彼女と同じ目線に立てた思ったのに、「仕事の辛さがお前程度の人間に分かる筈がない。いまウチがすきなのはお前と違ってしっかり働いていて確かな目標を持っている」と言われフラれてしまいました。ほんと、どうしたらよいですか。現在大学生で働いたことが無いので下に見られてしまう事は必然と受け止めなくてはいけないのでしょうか。

 と、小森の琴線に触れるようにやや大げさに文字を打ち込み誤字脱字を確認した後、凍りつく二月の夜空へ光速の手紙を放った。そしてメールを送信して直後、若干の嫌悪感に包まれる。何の慰めを求めようとして僕はこのような行動を取ってしまったのだろうか。そもそも、その好きな男をぶん殴ってやるような気概が必要なのではないか。
「その人はね、営業を頑張っている人で、ウチの仕事の悩みを親身になって受けてくれるし、優柔不断なウチを叱ってくれるんだよね」
 「ってか、俺、何か辛いことがあるなら直ぐに言えよって言ったよね。何で他の男に相談しなかったん?」
 「だってお前大学生じゃん。」
 「・・・」

 この言葉を聞いた瞬間、僕の中に潜んでいた高揚感だとかあたたかなものが霧散した。

 恐らく、あの女と僕の学力を比べた際に圧倒的に勝利するのは僕だろう。その男は僕と同じ年で就職しているという事から恐らく高卒若しくは短大卒だろう。試合に勝って勝負に負けるとははたしてこの事をいうのだろう。そして、僕がこのように上下関係に沿って物事を考察してしまうという事も僕に魅力を見出せなかった一因であるのだろう。人間としての魅力で僕は敗北したのだ。
 「その人はしっかりとした夢と目標を持っていてすごく輝いて見えるんよね。」
 「ふうん。」
 「だからごめん。」
 というわけだ。何だそれは。まるで僕に目標が全く無いみたいじゃないか。そんな筈はない。僕だってそれなりの目標は設定しているしそのための勉強も日々積んでいる。ただ、その話を口外しないというだけの話だ。なぜ将来の目標をぺらぺらと人に明かさなくてはいけないのか。魅力的に見える目標なんぞいくらでも脚色して語ることができるのではないだろうか。僕も嘘に塗れた目標をあの女に明かしておけば良かったのか。
 「続いてお便りのコーナー。」
 とライラックのスーピーカーから小さく声が漏れ出る。
 「「辛いです」という悲痛な件名のメールが届きました。えーと、●●県●●●市西区の●●君からのお便り。」
 そういって小森は僕のメールを読み、しばらく考え込んだ。
 小森は大学生の時にラジオDJになりたいという夢を持っていたけれども、無謀だし不確かだから当時付き合っていたニコ上の社会人の女の人に物凄く馬鹿にされていたそうだ。でも、流されずに自分の道を信じて生きてきたからこそ僕はここまでやってきてこれた訳だし、分かってくれるちゃんとした人は絶対に目の前に現れると言ってくれた。そして、理解してくれない人はここでばっさりと諦め、辛くても時間が全てを解決してくれる筈、だと辺りさわりは無いものの心に響くようなアドヴァイスを僕に授けてくれた。つまり、あんなカス女の事はさっさと忘れて極上の女をゲットしようという事か。

 なんてゆうか、そんな日記的な小説的な。

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)